oekakizamurai’s diary

赤い仮面は謎の人、どんな顔だか内緒だよ

まずは睡眠

復活の日曜日。

冴えないままに朝起きて、やはりぼんやりネット見て、これじゃあいかんと水出しコーヒー(IwakiのPyrex)をセットしようとしたら、漏斗から水が落ちてこない。

ああ、おまえも同病だな、と治療法をググって、ミョーなかんじだが、水入れて下から吸えば回復してくれた。多少水苔を飲んだかもしれない。

飲みの誘いメールも、心がダメなんだ、と断り、強い心で昼まで眠る。

(バッテリー9%くらいまで戻せたか)

仕事が何もできない

・・・というツイートを眺めていて、仕事を何もしてねえなあ、と遠い目でつぶやく。

 

目覚めるとビミョーな曇天。

意識の高いしりあいがやっていたことを思い出して、タイマーかけて30分だけ部屋を片付けてお茶を淹れる。

で、いつものようにぼんやりネットみてて、タイトルのツイートに。

半年ぶりにここにきてしまうなんて、どんだけヘタれてんだろ。

笑いのカイブツ

暗闇の中で心を削られるようだ。

自分のヌルさに反吐が出る。

http://b-bunshun.ismcdn.jp/mwimgs/1/0/480/img_10bd7dda38380b5b7f2f316747afefcd818819.jpg

くいしんぼうのあおむしくん

はらぺこあおむし、ではない。

八本脚の蝶で紹介されていて、幼児期に読んだ人はトラウマになるとどこかで言及されている絵本である。

福音館書店のサイトから)

ある日、自分の帽子を食べている、そらと同じ色をしたへんな虫に気づく。そいつは帽子を食べながらだんだん大きくなっていく。

「わかったぞ。おまえは ぼうしを たべる わるい むしだろう」

「ごめんね、ぼく……くいしんぼうの あおむしなの」

あおむしくんは、ゴミを食べ、町とともに両親も食べてしまう。主人公はともだちだから食べなかったけど、山の向こうの町を食べ、船を食べ、工場も食べてしまったところで、公害に苦しんでいた町の人達に感謝されるが、感謝の宴とともに町ごと食べてしまう。(あおむしくん、パねぇ!)

世界を食べつくしたところで、涙をためて主人公も食べてしまう。するとそこにあったのは・・・

展開の容赦なさ、そして鮮やかすぎる大どんでん返し。子供にどう読めというのだろう。「死ねば生きられるのに」(アカギ)じゃないよな。

おすしのずかん、とともにプライムで届いた本を閉じて、深く息をつく。

 

八本脚、その後

250ページを越えたあたりから核心に近づいた感じが強まる。未遂の後、休職でなんとか表面的には持ち直したような記述の後に・・・。

しかし、引用されているメールからブログが始まる以前から希死を伴う鬱状態であったことを知らされ、そもそもそのような景色であったことに愕然とする。

どう読めばよかったのだろうか。果てしない闇を覗いてしまったような気がしたのと、例によって未処理仕事に埋もれていた(まだ埋もれてる)のとで、しばらく遠のいてしまった。

 

ここに登場するのは、毎年日数よりも多くの冊数の本を、しかも深刻に、読む人たち。けれどノレるジャンルは限られているから、マジに読める本がそんなにあるとは思えないし、マジに読めばせいぜい月の数くらいしか読めないだろう。

ここに登場するのは、生きていることの意味を求めすぎる人たち。けれど生物としての人間とその社会にそこまでのスペックを求めることは妥当なのか。人の「外」に意味はなかろうし、意味は活動の中で動的に生み出していくくらいしかないように思う。

となると、その感性の鮮烈さと不安定さを抱え、鬱と格闘した心の記録として読むしかなかったのだろうか。

八本脚の蝶

有名ブログが作者自死の後、出版された。版元に在庫があったので読みだしたのだが200ページ越えてもなかなか心がシンクロしない。コスメティックのところには全く感興が湧かないのは仕方ないけど、哲学パートはすっきりせず、文学パートはこちらの感性が追いつかず、どうも置いてかれ気味なのだが、亡くなるまであと5か月、息をひそめつつ頁をめくる。

必要条件と十分条件

ある生物の多くの個体はその日常的な判断に当たって2ステップまでの推論しかしないものとする。この生物は社会を形成しており、その社会では独裁者による統治時代の失敗を教訓として「民主主義」が支持されている。民主主義において、社会的決定は「多数決」によって行われる。多数決にはいろいろなルールがあり、不合理な選択を行わないような工夫はいろいろ議論されてはいるが、いずれにしても投票者が「熟慮による選択」を行わないとダメぽというのが結論のようであるが、それはさておき。

あるときまではリーダーとして選出された個体群は、4ステップ程度までの論理的な推論を行うことができ、そして次の2つの規範、嘘の発言をしてはいけない、あまり露骨に自らの利益を追究してはいけない、に従っていたが、それはリーダーと選出されるために必要であったからである。ところがリーダーたちの子孫は選出のハードルが低いために、多少これらの規範に抵触してもリーダーとして選出されるようになった。

そんなある日、リーダーたちのうちのメインポジションに座った個体が、この生物の基本仕様に気がついた。多数決による決定に必要な多数の個体は2ステップまでの推論しかできないのだから、たとえそのままでは多数決による支持を得られない案件であっても、出し方を選べばOKなのであると。

で、やってみたエクササイズがこんなかんじであったという。

問題:TPPを批准せよ。

状況:TPPはまずいことが多いらしいぜ。

ステップ1:TPPは自由のためだ。

ステップ2:TPPは世界平和のためだ。

多数個体:自由と平和のためならTPPはよさそうだ。支持する投票をしよう。

 

その後、多数決ルールは残されたようだが、リーダー規範は内規から削除されたという。民主主義は独裁国家の不幸を回避するための必要条件ではあるが十分条件ではなかったらしい。